美容室の物件選び:居抜きとスケルトンの差は「内装費」だけではない

居抜き物件は内装費が浮くように見えますが、物件だけを借りる場合、前の美容所が受けた確認は引き継がれません。構造設備の基準は省令と条例で決まっており、作業室13平方メートル以上(東京都の条例)・照度100ルクス以上(省令)といった数値を、開設時の検査で満たす必要があります。物件を見るときに確認する項目を、法令と自治体の公開情報から整理します。

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この記事の根拠

この記事は公開情報7件をもとに作成しています(最終確認日 2026-09-17)。

出典一覧を見る
  1. 美容所の開設に関する基準等について|東京都保健医療局 (確認日:2026年9月17日)
  2. 「理容所及び美容所における衛生管理要領」等の一部改正について(令和6年6月26日 健生発0626第6号。別紙1は新旧対照表、改正後全文を収録)|厚生労働省 (確認日:2026年9月17日)
  3. 美容師法(昭和三十二年法律第百六十三号)|e-Gov法令検索 (確認日:2026年9月17日)
  4. 美容師法(条文データ)|e-Gov法令API (確認日:2026年9月17日)
  5. 美容師法施行規則|厚生労働省 法令等データベース (確認日:2026年9月17日)
  6. 美容師法施行条例|東京都例規集 (確認日:2026年9月17日)
  7. 理容・美容|厚生労働省 (確認日:2026年9月17日)

美容室の物件選び:居抜きとスケルトンの差は「内装費」だけではない

前の美容室がそのまま残っている居抜き物件は、シャンプー台もセット面も配管もある状態なので、初期費用が大きく浮くように見えます。実際、浮く部分はあります。

ただ、物件や内装だけを引き継ぐ場合、前の美容所が受けた確認は、あなたの営業には使えません。 開設の届出と検査は、新しい開設者としてやり直しになります(前の開設者から営業そのものを譲り受ける場合は、後述の地位の承継の扱いになります)。そして検査で見られるのは、法令・条例で定められた構造設備の基準を、いまの状態で満たしているかです。

この記事では、物件を見る段階で何を確認するのかを、法令と自治体の公開情報から整理します。手続きの流れそのものは「美容所開設の手続きを開業日から逆算する」(/articles/biyousho-kaisetsu-tetsuzuki-gyakusan/ )で扱っています。

引き継がれないもの

美容師法は、美容所を開設しようとする者に届出を義務づけ、都道府県知事の検査を受け、確認を受けた後でなければ使用してはならないという枠組みを置いています(出典: e-Gov法令検索 美容師法 第11条・第12条 https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000163 )。

これは開設者に対する規制です。物件に対する認定ではありません。したがって、

  • 前の店が確認を受けていたこと
  • 前の店が何年も営業していたこと
  • 内装が美容室の形をしていること

のいずれも、あなたの届出が通る理由にはなりません。 検査は、いまの状態で基準を満たしているかを見ます。

ただし美容師法には地位の承継の規定があります。届出をした美容所の開設者が営業を譲渡した場合や、相続・合併・分割(営業を承継させるものに限る)があった場合は、営業を譲り受けた者などが開設者の地位を承継し、遅滞なくその旨を都道府県知事に届け出ることになっています(出典: e-Gov法令検索 美容師法 第12条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000163 )。居抜きでも、前の開設者から営業の譲渡を受ける形か、物件や造作だけを借りる形かで手続きが変わるので、契約の形を管轄の保健所に伝えて確認してください。

「美容室だった物件だから大丈夫」という判断は成立しない、というのが出発点です。

基準は数値で決まっている

構造設備の基準は、国の美容師法施行規則と、都道府県(保健所を設置する市・特別区では市・区)の条例で定められています。東京都が公表している基準を例にすると、次のような数値が並びます(出典: 東京都保健医療局 美容所の開設に関する基準等について https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/eisei/biyousho/biyou_kijyun )。

項目基準
作業室の床面積13平方メートル以上(内法で算定)
美容椅子の数13平方メートルで6台まで。6台を超える場合は1台増ごとに3平方メートル追加
作業面の照度100ルクス以上
換気室内の炭酸ガス濃度 0.5%以下
洗場流水装置が必須

(出典: 同上)

消毒設備についても具体的です。血液が付着した器具(かみそり等)は、煮沸消毒(沸騰後2分以上)、エタノール76.9〜81.4%液に10分以上浸漬、次亜塩素酸ナトリウム0.1%以上の液に10分以上浸漬のいずれか。その他の器具は、これらに加えて紫外線照射(85μW/cm²以上、20分以上)や蒸気処理(80℃超、10分以上)なども選べるとされています(出典: 同上)。

このうち面積や美容椅子の数は東京都の条例による基準で、自治体により異なります。 照度・換気・洗場の流水装置・消毒方法は、国の美容師法施行規則で定められています(出典: 東京都 美容師法施行条例 https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00000883.html /厚生労働省 法令等データベース 美容師法施行規則 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=79998107&dataType=0&pageNo=1 )。必ず開設予定地を管轄する保健所が公表しているものを確認してください。

物件を見る段階で測れること

この数値から、内見の時点で判断できる項目が決まります。

  • 作業室の面積。 内法で13平方メートル(自治体によって異なる)を満たすか。壁の内側で測る点に注意します。
  • 入れられるセット面の数。 東京都の例なら、13平方メートルで6台、それ以上は1台につき3平方メートル。面積から逆算すると、その物件で成立する事業規模の上限が出ます。
  • 窓と照明の位置。 作業面で100ルクス以上。既存の照明が同じ位置で足りるか。
  • 換気設備。 炭酸ガス濃度の基準があるので、換気扇の有無と容量。
  • 給水・給湯と排水。 洗場は流水装置で、給湯設備が要ります。

面積とセット面の数の関係は、事業計画の売上根拠に直結します。 「セット面◯台 × 1日◯人 × 客単価」という積み上げの、いちばん上の数字が物件で決まるということです。創業計画書の書き方は「開業資金と日本政策金融公庫」(/articles/kaigyo-shikin-yuushi-kouko/ )で扱いました。

衛生管理要領が求める設備

条例の基準に加えて、厚生労働省の衛生管理要領が施設・設備について16項目を挙げています。物件選びに効くものを抜き出します(出典: 厚生労働省「理容所及び美容所における衛生管理要領」等の一部改正について(令和6年6月26日)に収録の改正後全文 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001403691.pdf )。

項内容
第2の1隔壁等により外部と完全に区分されていること
第2の3作業場および客の待合所を設けること
第2の5作業場と待合所は、明確に区分されていること
第2の6作業場は、居住室・休憩室等作業に直接関係ない場所から隔壁等により完全に区分されていること
第2の7作業場には、適当な広さの器具等を消毒する場所を設けること(消毒室を設けることが望ましい)
第2の8作業場の床及び腰張りは、コンクリート、タイル、リノリウム、板等の不浸透性材料を使用し、清掃が容易に行える構造であること
第2の9作業場内に従業者専用の手洗い設備を設けること
第2の10便所は、隔壁によって作業場と区分され、専用の手洗設備を有すること
第2の12洗場は、流水装置とし、給湯設備を設けること

(出典: 同上)

これらは物件の構造そのものに関わるので、あとから足すのが難しいものが含まれます。

居抜きで見落とされやすい項目

1. 待合所と作業場の区分。 第2の3と第2の5で、待合所を設けること、作業場と明確に区分することが求められます。狭い居抜き物件では、待合スペースが作業場と地続きになっていることがあります。間仕切りを足せる構造かを見ます。

2. 従業者専用の手洗い設備。 第2の9です。客用のシャンプー台とは別に必要です。前の店が個人経営で兼用していた場合、追加工事になります。

3. 便所と作業場の区分。 第2の10で、隔壁による区分と専用の手洗設備が求められます。小規模な物件では、ここが最も工事費のかかる項目になり得ます。

4. 床と腰張りの材質。 第2の8で不浸透性材料が求められます。前の店が木の無垢材などを使っていた場合、張り替えになります。

5. 消毒する場所。 第2の7です。ワゴンを置けばよいという話ではなく、「適当な広さの場所」が要ります。

居抜きで浮くのは「使える設備の分」だけで、基準を満たしていない部分の工事費は浮きません。 そして基準を満たしているかどうかは、前の店が営業していた事実からは判断できません。

居抜きとスケルトンの、本当の差

整理すると、判断軸は「内装費が安いか」ではなく、次の3つになります。

1. 手戻りのリスク

スケルトンは、最初から基準に合わせて設計できます。 設計の段階で保健所に図面を持って相談すれば、工事のやり直しを避けやすくなります。

居抜きは、既存部分が基準を満たしているかを調べる工程が先に入ります。 満たしていない部分が見つかれば、そこを工事することになります。

2. 見積もりが確定する時期

創業融資を使う場合、設備資金の見積もりが固まらないと資金計画が立ちません。

スケルトンは設計が決まれば見積もりが出ます。 居抜きは、既存設備の状態(配管の劣化、電気容量、給湯能力)を調べないと、どこまで使えるかが決まりません。調査の時間が、融資のスケジュールに乗ってきます。

3. 事業規模の上限

面積が先に決まっているので、セット面の数、つまり売上の上限が物件で決まります。 居抜きは前の店の規模に引きずられるので、自分の計画と合うかを面積の数値で確認します。

内見のときに測ること

  1. 作業室の内法の面積。 メジャーを持っていきます。
  2. 入れられるセット面の数。 面積から逆算します(東京都の例なら13平方メートルで6台、以降1台につき3平方メートル)。
  3. 待合所を作業場と区分できるか。
  4. 従業者専用の手洗い設備があるか。
  5. 便所が隔壁で区分され、専用の手洗設備があるか。
  6. 床と腰張りの材質。 不浸透性材料か。
  7. 消毒する場所を取れるか。
  8. 給湯能力と電気容量。 図面と現物の両方で。
  9. 換気扇の有無と容量。
  10. 照明の位置。 作業面で基準の照度が出るか。

そして、契約前に管轄の保健所へ図面を持って相談するのが最も確実です。基準は自治体ごとに違い、最終的な判断は保健所が行います。

まとめ

  • 物件・内装だけを引き継ぐ場合、前の美容所が受けた確認は引き継がれません。 開設の届出と検査は、新しい開設者としてやり直しです(前の開設者から営業の譲渡を受ける場合は、地位の承継の届出になります)。「美容室だった物件だから大丈夫」は成立しません。
  • 構造設備の基準は省令と条例で数値化されています。東京都の公表例では作業室13平方メートル以上(条例)、作業面照度100ルクス以上・炭酸ガス濃度0.5%以下(省令)。条例の基準は自治体により異なるので、必ず管轄の保健所の基準を確認してください。
  • 面積からセット面の数が決まり、セット面の数から売上の上限が決まります。 物件は事業規模を先に決める要素です。
  • 衛生管理要領は、待合所と作業場の区分、従業者専用の手洗い設備、便所と作業場の隔壁による区分、不浸透性材料の床と腰張り、消毒する場所を求めています。居抜きで見落とされやすいのはこの5つです。
  • 居抜きで浮くのは「使える設備の分」だけ。 基準を満たしていない部分の工事費は浮きません。
  • 居抜きは、既存設備を調べる工程が先に入るため、見積もりの確定が遅れます。 融資のスケジュールに影響します。
  • 内見にはメジャーを持っていき、契約前に図面を持って保健所に相談してください。

ご利用にあたって:掲載内容は一般的な情報提供を目的としています。記載は2026年9月17日時点で公開されていた法令・通知・自治体情報にもとづくもので、改正される場合があります。条例で定める構造設備の基準は自治体により異なります。 本記事で引用した面積などの数値は東京都の例であり、他の自治体にそのまま当てはまるとは限りません。物件の契約・工事の前に、必ず開設予定地を管轄する保健所にご確認ください。